2010年5月13日木曜日

八重山をめぐる青の色――島藍

涼しげな島藍で染めあげた布が窓辺で揺れている。風をはらみ、光が当たる角度が変わると藍の濃淡が変化しまるで、石垣島の海を眺めているかのようにも見える……。




少し前の話だが、山に住む知人のところで草木染めをやった。子どもの頃に紅茶でアロハシャツを染めたり、本などを参考に見よう見まねで化学染料の染め物をして遊んだことがあったが、本格的な草木染めは初めてだった。これは、化学染料と違い、原料となる自然の草木や、染料となる液体の温度、量、染める布の種類など、さまざまな条件によって染め上がりに差が出てくる。それがとてもおもしろい。


一つひとつ、染め上がった作品の色は違っていて、決して同じものができることはない。たとえ同じ容器で染めたとしても、違いははっきりと出る。本当は、身の周りにあるすべてのもの、人の考えや工業製品すらも、すべてそのように違っていて当然なのだけど、ともすると普段の生活では忘れてしまいそうになる。


染め上げたものを身につけていると、自分の周りを取り巻く自然や、環境を身近に感じることができるし、実際に触れていられるのが気持ちいい。まるで、山や森そのものを身につけているかのようだ。




先日、所用があり、沖縄・石垣島に行った。毎日、スケジュールがつまっていて結構な忙しさだったが、滞在中のあるとき、ぽっかりと時間が空いたので、藍染めの工房を訪ねてみた。


太陽の光がまぶしく、周りのサトウキビが2メートルほどの高さに林立し、壁のようにそそりたつ中、車で畑道をゆっくり進みながら工房を探した。生い茂る草木に隠されるような農園の中に、ひっそりとたたずむ工房が見えてきた。


工房をやっているのは、代々、石垣島でミンサー織や、紬を家業としている家に生まれ、今も家族や兄弟は伝統の紅型(びんがた)や織物を生業としている島人(しまんちゅ)だ。


テラスに座り、藍染めについて簡単な説明を受け、緑の中を歩いて、敷地内にある工房へ向かった。大きな容器に入った濃い緑色をした液体に、布を浸す。コットンや麻、混紡など、いくつか布の種類は選べるのだが、ぼくは麻布を選んだ。液体の中で麻はみるみる緑に染まっていく。容器の中で底に溜まっている、発酵を促すための石灰などに布をつけないように、手でやさしく液を布に、万遍なくなじませるように揉んでいく。布をたぐりながら、いつ青い色になるのか、どきどきしながらその瞬間を待っているのだが、布は依然として緑のままだ。


藍染めを手ほどきしてくれる島人に促されて、布を容器から取り出し絞り風にあてて拡げる。すると、ほんの少し空気に触れるうちに布はだんだんと緑から青へと変化していく。青くなっていく布をみているとなぜだかむしょうに嬉しくなる。驚いていると、「藍は空気に触れることによって、化学変化を起こして青く染まっていきます」。そう説明してくれた。


世界に藍染めはいくつも種類がある。ネイティブ・アメリカンが、ガラガラヘビを寄せつけないために忌避性があるとしてインディゴを用いたことは有名だが、タデアイや、かつてアイヌ民族が用いたウォード、リュウキュウアイやソメモノカズラなどだ。ここ石垣島で行われている島藍、八重山藍と呼ばれる藍染めは、ナンバンコマツナギというマメ科の植物の葉を水につけて醗酵させたものを使う。


戦前、柳宗悦らが民芸運動を起こし、沖縄を訪れたそうだ。その際に石垣島にも訪れ、島藍を知ったという。そのときに島藍の説明をしたオジーかオバーが、「インド藍」だと言ったことから、その後はこの名称で呼ばれてきたという。インド原産の植物ではあるが、現在はあまり関係ない。それまでは、島藍、八重山藍などと呼ばれてきたもので、名称を島本来のものに戻したいという、ヒゲを生やしてはいるがやさしい、この工房の農園主による、さらなる命名らしい。沖縄本島のリュウキュウアイとは、植物も染色方法も違っている。


少し時間を置いて、布をまた容器に浸ける。先ほどと同じように布を容器に入れて、手で揉み込みながら、液を丁寧に染み込ませていく。容器の前に膝をついて、その工程を繰り返す。


作業をしていると、周りでは、鳥がさえずり、虫が飛び、風が身体を包んで吹き抜けていく。とても気持ちがいい。


何回かその手順を繰り返すと、布はだんだんと青みを増して行く、最後に流水でゆっくりと洗ってからよく絞り、風にさらす。風と陽光にあたって布は深くきれいな島藍のブルーを完成させた。


「使い込んで、洗濯していると色が落ちて、風合いもなじんで変わっていきます。そしたら、また島藍で染めるんです。再び染めると染料ののりもよくなり、さらにいい色になります」。そう説明してくれた。


ナンバンコマツナギは、古来から島の反物を藍の色に染め上げてきた。それは今も変わらない。島に降り注ぐ太陽、吹き渡る風、島に生きる動物たち、藍色に輝く海原、水平線の彼方の大きな空、そして人々……。


ぼくは、またここを訪れて、さらに深い石垣島の藍の色を染めたいと強く思った。






・今回、ぼくが訪れたのは「島藍農園」。
石垣島の離島桟橋からおよそ10分くらいの場所にあります。空港からだと15分くらいでしょう。
島の青に布を染めてみたい方はぜひ一度訪ねてみてください。




●島藍農園
石垣市字石垣平川俣1493
電話番号 090-8835-7730
http://www.shimaai.com/




ナンバンコマツナギ


















そして、これが藍の原料となる













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